千葉市海まつり協議会(愛称:チーム海machi)には「かつて目の前に海があった=“海まち”文化を未来へ継承しようと、とってもステキな人たちが参加しています。「海machiのひとびと。」では毎回、メンバーに「スマホにあるお気に入り画像」「地域の好きなところ」をお伺いし、メンバーの熱い想いとみなさんへのメッセージをお伝えしています。第9回は蘇我比咩神社の宮司・西田哲紀さんです。
宮司と庭師の二刀流
蘇我比咩神社の宮司をやっています。庭師の仕事では「金太郎」という名前でやっているので、親方からは「金ちゃん」と呼ばれたり、お客さんからは「金太郎さん」と呼ばれたりします。地域の方からは、最近ようやく「宮司さん」と呼んでもらえるようになってきました。
もともとは植木屋なんです。武蔵野美術大学でデザインを学んでいたのですが、学生時代から造園会社で修業し、25歳ぐらいで独立しました。今は建築物を含めた庭を提案する庭蝉住研究所を経営しています。
宮司で、植木屋で、庭蝉研究所の代表で、神社の地域活動で「コトダマ会」もやっていて……初めましての人には、どこから話したらいいか、ちょっと分からないんですよね(笑)。
でも、庭も神社も建築も、結局は人が集まる場所をつくるというところで、全部つながっているんだと思います。
もともとは植木屋なんです。武蔵野美術大学でデザインを学んでいたのですが、学生時代から造園会社で修業し、25歳ぐらいで独立しました。今は建築物を含めた庭を提案する庭蝉住研究所を経営しています。
宮司で、植木屋で、庭蝉研究所の代表で、神社の地域活動で「コトダマ会」もやっていて……初めましての人には、どこから話したらいいか、ちょっと分からないんですよね(笑)。
でも、庭も神社も建築も、結局は人が集まる場所をつくるというところで、全部つながっているんだと思います。
蘇我比咩神社は「惹き寄せの神」
蘇我比咩神社のはじまりは、約1500年前。 日本武尊が東国へ向かう途中、千葉沖で嵐に遭い、弟橘姫と五人の姫が海へ身を投じて海を鎮めたと伝えられています 。その五人の姫の中に比咩がいました。比咩はこの海岸に流れ着き、里人の手厚い看護で蘇生し、都へ戻ったといわれています。
当時の人からしたら、海に身を投げたのに生き返って、無事に都へ帰ってきたわけですから、「この姫は持っているな」と感銘し、応神天皇から「蘇我」という名をもらったそうです。「我が蘇る」そういう意味があったんじゃないかなと、僕は思っています。蘇我比咩さんがこの土地に来て、文化を引き寄せて、そこから蘇我の町ができていった。そう考えると、蘇我比咩さんは「惹き寄せの神」なんじゃないかと思うんです。
それで、神社のキャッチコピーも「惹き寄せの神」にしました。
当時の人からしたら、海に身を投げたのに生き返って、無事に都へ帰ってきたわけですから、「この姫は持っているな」と感銘し、応神天皇から「蘇我」という名をもらったそうです。「我が蘇る」そういう意味があったんじゃないかなと、僕は思っています。蘇我比咩さんがこの土地に来て、文化を引き寄せて、そこから蘇我の町ができていった。そう考えると、蘇我比咩さんは「惹き寄せの神」なんじゃないかと思うんです。
それで、神社のキャッチコピーも「惹き寄せの神」にしました。
地域活動「コトダマ会」
コトダマ会は、2年ぐらい前に始めました。会長とか幹部とか、そういうのは特にないんです。僕が「この日にやりますよ」と言うぐらいで、あとは、やりたい人がやりたいことをやる。
--神様のいる土地でちゃんと言葉を交わす。
自分はこういうことをやりたい、じゃあ一緒にやりましょうか、というところから、何かが始まっていけばいいなと思っています。写真が撮れる人は写真を撮る。チラシをつくれる人はチラシをつくる。料理ができる人はキッチンカーで参加する。それぞれが、自分の仕事や好きなことを、ほんの少し神社や地域のために使ってくれたら、それが集まって、すごくいいものになるんじゃないかと思っています。
コトダマ会では毎月1日と15日にはそがひめ横丁キッチンカーの出店と祝詞部の活動、第4日曜日にはファミリーデー(ヨガ、手相相談、キッチンカー、コトダマコーヒー)を開催します。また、11月1日~5日までは奉納菊花展を開催し、これにあわせて1日はスタンプラリーを開催します。地域のみなさんが神社に来るきっかけになると、うれしいですね。
--神様のいる土地でちゃんと言葉を交わす。
自分はこういうことをやりたい、じゃあ一緒にやりましょうか、というところから、何かが始まっていけばいいなと思っています。写真が撮れる人は写真を撮る。チラシをつくれる人はチラシをつくる。料理ができる人はキッチンカーで参加する。それぞれが、自分の仕事や好きなことを、ほんの少し神社や地域のために使ってくれたら、それが集まって、すごくいいものになるんじゃないかと思っています。
コトダマ会では毎月1日と15日にはそがひめ横丁キッチンカーの出店と祝詞部の活動、第4日曜日にはファミリーデー(ヨガ、手相相談、キッチンカー、コトダマコーヒー)を開催します。また、11月1日~5日までは奉納菊花展を開催し、これにあわせて1日はスタンプラリーを開催します。地域のみなさんが神社に来るきっかけになると、うれしいですね。
お気に入りの場所はやっぱり!
この境内が好きですね。ここには樹齢250年ぐらいのイチョウやケヤキがあります。元々この土地に生えていた木ではなくて、250年ぐらい前に、誰かが植えた木なんですよね。誰かが「ここに木を植えよう」と思って植えた。その木を、また誰かが手入れして、ずっと残してきた。そういう人の時間が感じられるんです。
植木屋として見ると、自然に生えている木というより、誰かがつくった庭なんですよね。だから、余計に守りたいと思います。ここにモミジを植えて、20年後ぐらいには、蘇我で一番きれいな紅葉が見られる場所になったらいいなと思っています。
植木屋として見ると、自然に生えている木というより、誰かがつくった庭なんですよね。だから、余計に守りたいと思います。ここにモミジを植えて、20年後ぐらいには、蘇我で一番きれいな紅葉が見られる場所になったらいいなと思っています。
ネコも暮らしています
夜もいいんです!
昼間の境内もいいですけど、夜に提灯が灯った境内もすごくいいんですよ。自分と向き合えたり、人と出会えたりする場所になればいいなと思っています。
お気に入り画像は自宅庭に生えたキノコと…
僕のスマホに入っているお気に入りの写真は、自宅の庭に生えたキノコの写真です。東屋みたいな形をしたキノコで、庭の中に小さな建物が突然現れたように見えたんですよね。あまりにもかわいくて、思わず写真を撮りました。
僕は、こういうキノコを見ると、スナフキンを思い出します。帽子をかぶって、植物や自然の中で自由に過ごしていて、どこか哲学的な雰囲気がある。植木屋の格好にも少し似ているし、僕自身、スナフキンのような存在に惹かれるところがあります。
僕は、こういうキノコを見ると、スナフキンを思い出します。帽子をかぶって、植物や自然の中で自由に過ごしていて、どこか哲学的な雰囲気がある。植木屋の格好にも少し似ているし、僕自身、スナフキンのような存在に惹かれるところがあります。
家のような庭、庭のような家
僕はこれまで、植木屋として庭をつくる仕事をしてきました。庭をつくっていると、建物との関係がとても気になります。どうしてここに窓があるんだろう、どうしてこちら側にベランダをつくらなかったんだろう。庭から建物を見ていると、いろいろな疑問が出てくるんですよね。そこで、庭だけではなく、建築のことも学んでみたいと思うようになりました。空間をつくる仕事を、庭と建築の両方から考えられるようになりたくて、京都芸術大学の通信制で建築を学び、2026年3月に卒業しました。
建築は建築らしく、庭は庭らしくと分けるのではなく、庭の中に家があり、家の中に庭があるような空間をつくりたい。「家のような庭、庭のような家」という、建築と庭のあいだにある場所を、これから仕事にしていけたらと思っています。
建築は建築らしく、庭は庭らしくと分けるのではなく、庭の中に家があり、家の中に庭があるような空間をつくりたい。「家のような庭、庭のような家」という、建築と庭のあいだにある場所を、これから仕事にしていけたらと思っています。
地域のみなさんへ
蘇我比咩神社が、地域のみなさんにとって、もっと身近な場所になったらいいなと思っています。ただお参りをするだけではなくて、境内の木を眺めたり、風を感じたり、人と出会ったり、何か新しいことを始めたりできる場所です。
ここには、樹齢250年ほどのイチョウやケヤキがあります。誰かが昔、この場所に木を植えた。その木を、今度は僕たちが守り、次の世代につないでいく。そういう時間の積み重ねを感じられる場所でもあります。
昔から続いてきた神事を大切にしながら、コトダマ会などで今の時代に合った新しい活動も少しずつ始めていきたいです。30年ほど前には、この境内が人でいっぱいになるほど、にぎわっていた時期もありました。いつかまた、子どもたちや若い人たちも集まって、昔のような活気が戻ってきたらと思っています。
一度だけ大きなことをして終わるのではなく、無理をせず、何十年も続けられる形をつくっていきたい。この神社を、地域のみなさんと一緒に育てていけたらうれしいです。
ここには、樹齢250年ほどのイチョウやケヤキがあります。誰かが昔、この場所に木を植えた。その木を、今度は僕たちが守り、次の世代につないでいく。そういう時間の積み重ねを感じられる場所でもあります。
昔から続いてきた神事を大切にしながら、コトダマ会などで今の時代に合った新しい活動も少しずつ始めていきたいです。30年ほど前には、この境内が人でいっぱいになるほど、にぎわっていた時期もありました。いつかまた、子どもたちや若い人たちも集まって、昔のような活気が戻ってきたらと思っています。
一度だけ大きなことをして終わるのではなく、無理をせず、何十年も続けられる形をつくっていきたい。この神社を、地域のみなさんと一緒に育てていけたらうれしいです。